「校閲ガール」三部作の最終巻です。
相変わらず文章は軽妙で、それでいながらしっかり内容は詰まっており、読む側を熱くさせたり、又はほろりとさせる場面もあったり。
河野悦子が仕事のやりがいというものを社会人三年目にして見い出し、恋人との関係性を己に問いただすシーンは胸をつくものがあります。
今回悦子は校閲部から、憧れだった女性誌へと転属になり、そこで経験を積みます。
しかし、女性誌の仕事は思い描いていたものとはやや違っていました。
悦子は、無能とまではいきませんが、女性誌では余り役に立たなかったのです。
悦子は「プロの読者」であって、女性誌の編集者に求められる才能がなかったことを知り打ちのめされます。
そしてたいして思い入れもない校閲部の仕事こそが自分に合っていたことを自覚するのです。
こういうことはよくあります。
好きであっても向いていない仕事というのはあるものです。
大抵の人がそうであるかもしれません。
逆にいうと、「好き」を仕事にしたいというのは、展望が甘いか、あるいは一握りの本物の才能を持っている人のみに許された贅沢といってもいいでしょう。
悦子もそれを認めるのは辛かったであろうと思います。
さて。
ストーリーは文句なく面白いし、キャラクターも立っている。
面白い。
しかし。
今回は前作にも増して、語彙・文法のミスが目につきました。
ミスとは言えないが、これは適切とは言い難い表現だなと、読んでいてひっかかりを感じる、違和感を覚えるものが多々ありました。
普段、小説を読んでいてここまでざらっとした感覚を抱くことはないのですが……
P21 完全な間違いとは言えないのだが、
>だいたい十六文字×三百五十~四百五十行くらい
「だいたい」がかかるのは「十六文字」で、「くらい」がかかるのは「三百五十~四百五十行」なので、間違いではないのだが、読んでいて鬱陶しい印象がある。
「くらい」を「間」に変えるだけで文章全体がすっきりする。
P28 >目線を辿る
「目線」を辞書でひくと、
①映画、演劇、テレビ界の語。視線、見る方向。
②物事を見る方向や位置。
とある。
俗語とは言い切れないが、小説の中では不適切な表現であろう。
視線の方向を辿る、がより望ましい。
P28 >「入社試験ちゃんと受けて、満点近く叩き出したって」
「叩き出す」の意味。
広辞苑・①たたきはじめる
②たたいて追い出す。また、乱暴に追い出す。
③金属をたたいて模様を浮き出させる。
明鏡国語辞典
①たたきはじめる。うちだす。
②たたいて追い出す。また、乱暴に追い出す。
③金属板を裏からたたいて模様などを浮き出させる。うちだす。
④野球で、打撃によって(貴重な)得点を挙げる。
⑤スポーツで、新記録などを作り出す。
⑥高額の利益を作り出す。はじき出す。
この小説の場合、作者がおそらく意図したものは、明鏡の⑤に近い意味であろう。
が、「叩き出した」ものは「入社試験」であって、ペーパーテストの最高点はそのペーパーの満点が最高である。
スポーツのように、「記録」を「超えて」、「叩き出す」ことは出来ないのだ。
「今まで入社試験を受けた最高点が90点で、この子は95点であったなら、『叩き出す』という表現で合っているんじゃないか」
とお考えの方もいらっしゃるであろう。
しかし私には細やかなニュアンスが違うという印象を受ける。
P29 「アラサーくらいの綺麗な女性」
around30。アラウンド、は「周辺」、30歳前後の年齢という意味で使われる。
30歳前後というだけで既にアバウトというか、「だいたい」を意味しているのに(厳密にはアラウンドとアバウトの意味は違うが)
、「くらい」を更につけるのはいかがなものか。
P31 >「今電話するの、思い立ったら今でしょ!」
いつ電話するの、と言いたかったのでしょうか。
P50 >やっと行けるはずの旅行だったのに
行けるはずの旅行。書き直すと「旅行に行く」。旅に行く行く。
この用法はよく散見する。アナウンサーでも使用しているのを聞く。
「重言(じゅうげん)」の一部ではないかと思われる。
「電車に乗車する」「馬から落馬する」といった言い方と同じく、同じ意味の語を重ねて使う言い方で、厳密に言えば重複で間違っているが、許容するというものである。
しかし、「校閲」をテーマにしている小説であれば、そこは使用しないでいただきたかった。
が、違和感がないではない……これはどうなのか。日本語を専門に研究なさっている大学の教授に見解をお聞きしてみたい。
P64 >旅行に来ているのだな
同上
P75 袖擦りあった程度の仲だとしても、ぜったいに後味悪い。
「袖擦り合うも他生の縁」を引用というかパロディ風に使用したものと思われる。
「袖擦りあうも他生の縁」の意味は、「袖が触れあうようなちょっとしたことも、前世からの深い因縁によって起こるものだ」である。
上記の文章とは真逆の意味になる。そこはご承知でパロでお書きになっているのかもしれないが、やはりこれもざらっとした感覚を抱く。
P103 すべてに関れることは
→関われる
P107 幸先が悪く
「幸先」は、これから良いことが起こる前兆、吉兆を意味する。
であるから、幸先じたいに「吉」の意味が含まれているので、それが「悪く」なることはない。
P115 何故か綿貫はその言葉に爆笑し
「爆笑」は大勢が声を上げて一世に笑うことである。この場面では綿貫一人が笑っているので不適切。
近年、テレビなどで多用されていることから、一人で大笑いすることを指す場合もあるが、「校閲」をテーマにした小説では気を配ってほしいところである。
P124 ブイブイ言わして
→言わせて
P148 積極的に嫌い
文法的には誤りかと思われるが、悦子の台詞であるので、彼女の性格を表すには許容範囲か?
P151 申し訳ありません
○申し訳ない
申し訳ありませんを許容すると、「申し訳ある」という使い方もあるのかという話になってしまう。
これは「とんでもない」などと同じである。とんでもあるとは言わない。
辞書によると、「申し訳ない」と「申し訳」という使用例が掲載されている。
「申し訳」では、「いいわけ、いいひらき。狂言、附子。実質が伴わず体裁だけであること。
とある。
「いいわけ、いいひらき」が「ありません」という意味で使用しているのだと受け取ると、この使用は許容すべきなのであろうか。
しかし「申し訳ない」という言葉も別に辞書に載っている。それには「弁解の余地がなく相手にすまない。詫びるときなどに言う語」とある。
判断しかねる……専門家の意見を聞いてみたい。
P168 めんどくさい
→面倒くさい
P169 ほんとですか
→本当ですか
P180 関っていた 関る
→関わっていた 関わる
P204 「そんなときに電話してくれてありがとう」と伝えた。
文法的には誤りはない。
「伝える」を辞書でひくと、
①つたわらせる。
1・言葉を取りつぐ。広く言い知らせる。
2・次々に後代に言い知らせる。
3・学問や技芸などを教え授ける。師匠から弟子に伝授する。
4・物事を渡し授ける。譲りわたす。
5・はこぶ。もたらす。
②受け継がれて来る。ものを受け止める。
1・聞いて知る。伝聞。
2・学問や記述などの伝授をうける。
3・物事をひきつぐ。
とある。
小説では、悦子が幸人と電話で話をしているシーンである。
特に伝言や伝授はしていない。
「伝え」てはいない。
言葉のチョイスを間違っているように思われる。
単に「言う」と書くと、二人の間の甘い空気を表せないと考えたのかもしれないと推察する。
私が気づいた、或いは気になったのは以上です。
五月蠅い読者だなー、エンターテインメントなんだから、ライトノベルなんだから、さらっと笑って読めばいいじゃん。
というご意見もあるでしょう。
が、私は気になるのです。
そして、読んでいてここまで「あれ?」とざらっとした感じを抱く小説も珍しいです。
「校閲」をテーマにし、世に「校閲」という職業があることを知らしめたことは素晴らしいのですが、こんなに読み手に
「あれ?」と思わせては、本としては恥ずかしいことではないのかと思います。
話は面白いですよ!!
キャラクターも魅力的です。
繰り返しになりますが、そこは強調しておきます。