SSの旗手・阿刀田氏の長編とは珍しいと手に取り、表紙も綺麗なデザインだったので借りてきました。
文体は読みやすく、つっかかるところもなく、すらすらと読めます。
阿刀田氏の自伝書のようなストーリーです。
(結核で入院を余儀なくされたなど阿刀田氏自身の経歴が彷彿される箇所があちこちにあります)
ストーリーがどんどん湯水のように溢れてくるなど、30代~の頃の阿刀田氏のあの怒涛のような執筆の頃が語られており、そのあたりは興味深いものがあります。
何を書こうかな、と考えると、すっと話が浮かんでくるといいます。
豊富な知識と潤沢な才能がまさにカーブの頂点を書いていた頃、小説家の執筆はこういうものだったのかもしれないなーと感慨しきり。
しかしやはり往年の切れ味は鈍ってしまったのかな……という印象です。
起承転結があってなきがごとし、というような展開です。
この話はどこに向かっているのか、舵取りが本人にも分かっていないような感じがします。
乗組員(読者)は一体どこに連れて行かれるのか、何に沿って読んでいけばいいのか、ちょっと分かりづらいです。
ただ、そのふわっとした揺らぎに似た文体が、どこか人を安心させるようなところもあって、老境に差し掛かった作家の作品としては、これはこれでいいのかもしれない、と読み終わってから思ったりもしました。
単純に面白いものを求めるのであれば、はやり作者が熟年期を迎えていた30~50代の頃の作品を読んだ方がいいかもしれません。